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人が減るという「願いのカタチ」
最近、ふと思ったことがあって。
今日はちょっと個人的な考え方の話をブログに書いてみようと思います。
僕の趣味はキャンプです。
休みの日になると、ふと山に行きたくなったり、海を見に行きたくなったりする。
なぜか、自然の中に身を置きたくなるんですよね。
木々の音、海の匂い、風の肌触り。
そういうものに触れていると、
頭の中がすーっと空っぽになっていく感覚があって。
日々のバタバタした生活から、ふっと一歩身を引くような。
そんな瞬間に、ぽんと新しいアイデアが出てきたりもします。
僕はディズニーランドとかUSJみたいな、
「人がいっぱいいる場所」は、あんまり得意じゃないんです。
楽しいっていうのはわかるし、
家族で行こうとなれば「どうぞ、いってらっしゃい」ってなるけど、
自分は行かなくていいかなと。
正直、作り込まれたテーマパークよりも、
自然の不完全さとか静けさのほうに、癒される気がしてます。
自然を求める深層心理。
これ、僕だけじゃないと思うんですよね。
都会に住んでても、旅行は山や海に行きたいとか、
静かなところでのんびりしたいって人、多いと思うんです。
実際にそこに「住む」となると、
「コンビニが遠い」とか「買い物が不便そう」とか言って躊躇するけど、
「行きたい場所」としてはやっぱり自然の中。
多くの人の深層心理には、
自然の中にいたいという感覚が、
どこかにあるんじゃないかなと思うんです。
先日ある人が「人口減少は、人々の願望が形になった結果」と言っていました。
最初はちょっと驚いたけど、僕はその言葉にすごく納得したんです。
人混みが嫌だ、都会が息苦しい、もっと自然に囲まれた暮らしがしたい。
そういう「本音」があちこちにあって。
それが静かに、でも確かに積み重なっていって、
「人が少なくなっていく」という社会の流れになっているのかもしれないなと。
最後に
今日は「自然を求める気持ち」と「人口が減っていくこと」の関係について、
なんとなくですが、思ったことを書いてみました。
もしかしたら今の時代って、
僕たちの内側にある「本当はこう生きたい」という願いが、
静かに、でも着実に形になってきているのかもしれません。
自然の中で深呼吸するような生き方を、
僕自身もこれからもっと選んでいきたいなと思います。
追い込まれたときに、人は一番伸びる。
最近ふと思ったんです。
「人間って、追い込まれたときに一番成長するな」と。
これは自分自身の体験から感じることです。
楽な環境、失敗しても誰も責めない状況、期限がない状態――
それは確かに安心かもしれません。
でも、成長という意味では、あまりにもぬるすぎるんです。
僕は22歳から27歳までの5年間、大工として修行をしていました。
当時の親方は、まだ全然できない僕に対して、
「これ、今日中に終わらせろ」といった無茶ぶりをよくしてきました。
最初は「無理やろ…」って思うことばかり。
でも、やるしかない。必死にやる。
そうすると、人間って本当にすごいもので――
「どうしたら早く終わるか」
「どうやったらもっと正確にできるか」
自然と頭がフル回転するようになるんです。
そのときに必死で考えたやり方、
そのときに出てきたアイデアって、
後になっても自分の中でずっと生きてるんです。
・スピードアップする方法
・他の人がどうやっているかへの興味
・もっといいやり方があるんじゃないかという探求心
全部、あの無茶ぶりがあったからこそ身についたこと。
今思えば、めちゃくちゃありがたい経験だったと思っています。
もちろん、ゆとりも大事です。
心が壊れそうになるほど追い込んでしまっては意味がない。
でも、ある程度の負荷って、やっぱり必要なんだと思います。
負荷があるからこそ、考える。
負荷があるからこそ、伸びる。
そして、成長しているときって、
実はめちゃくちゃ楽しいんです。
楽じゃないけど、楽しい。
その違いがすごく大きい。
「できるかどうか」じゃなくて「どうやったらできるか」を考える。
その思考回路は、追い込まれたときにこそ育まれます。
だから、もし今あなたが追い込まれているなら、
それは、成長のチャンスかもしれません。
なぜ、ある文化は何百年も続き、あるものは消えていくのか
お盆休みに、五島列島へ行ってきました。
その土地で見たのは、地域の若い人たちが伝統の踊りを踊る姿でした。
名前はうろ覚えなのですが、
その踊りはどうやらずっと脈々と受け継がれてきたものらしく、
祭りや行事のたびに、その踊りを踊る人たちが現れるのだそうです。
踊っているのは若者。
つまり、今の世代が、過去の文化をちゃんと担っているということです。
それが何だか、とてもすごいなと思ったんです。
今の時代、「昔ながらのもの」は、何かと見直しの対象になりがちです。
たとえば自治会。
「もう必要ないんじゃない?」
「誰がやるの?手間がかかるだけじゃない?」
そんな声が上がるのもよくわかります。
便利さ・効率・合理性を求めるこの時代において、
ルールの多い茶道なんかも「時代遅れ」に見えるかもしれません。
でも、そうやって何百年も続いてきた文化があるという事実は、
僕たちに何か大切なことを教えてくれているように思います。
では、なぜ同じ「昔からあるもの」でも、
あるものは続き、あるものは消えていくのでしょうか。
ここにはいくつかの要素があるように思います。
1:「誇り」として受け継がれているか
受け継ぐ側が「意味がある」「かっこいい」「自分たちの誇り」と思えるかどうか。
五島の踊りや茶道には、そういう誇りや美意識がちゃんと宿っていて、
それが次の世代に伝わっている。
一方で、「やらされ感」や「義務感」だけで続けていると、
担い手はどんどん減っていく。
2:「今の時代に合う形」への変化ができているか
続く文化は、実は少しずつ形を変えています。
服装、演出、見せ方、関わり方など、
細かく現代に合わせてアップデートされている。
逆に、何十年も前と同じやり方のままだと、共感や参加は得にくくなる。
3:「つながり」や「意味」が体感できるか
文化は人と人をつなぐ力でもあります。
そのつながりを通じて「やってよかった」と感じられる体験があるかどうか。
ただの形式ではなく、「やってると気持ちが豊かになる」
そんな実感を持てることが、継承の鍵になる。
文化というのは、ただ残すものではなく、
今の自分たちがどう関わっていくかで姿を変えながら残っていくものなんだなと感じます。
古くても、意味があって、関わる人に喜びや誇りがあれば、文化は続いていく。
むしろ、そうやって時代を超えて続くものこそが、
僕たちの人生や地域を豊かにしてくれるのかもしれません。
何かが消えていくことに目を向けるのではなく、
「何を受け継ぎたいか」「どう関わっていきたいか」を考えること。
それが、これからの文化をつくっていく姿勢なのかもしれません。
人口が減るとわかっている町で、僕たちはどう生きていくか
今、僕たちがいるこの町、
これから確実に人が減っていく未来が見えています。
それは避けられない現実です。
これまでは「どうやって人を増やすか」ということばかりを
考えていました。
地域を賑やかにする、活気ある町にする、多くの人が集まる場所にする。
そういうことが「良いこと」だと思っていたし、実際にたくさんの地域がそれを目指してきました。
でも、よく考えると、それってどこか勝ち負けの考え方にも見えてきたんです。
どこかの町が人を増やすということは、
どこかの町は人が減っているということでもある。
だったら、「人を増やす」ことだけに焦点を当てていたら、
どこかで無理が出てくる。
今ある人数の中で、どう幸せに生きていくか――
そっちの方が、これからの僕たちには必要なんじゃないか、と思うんです。
■ 経営も、戦い方を変える時期にきている
これは町づくりだけじゃなく、経営にも言えること。
パイの奪い合いではなく、
同じパイの中でどう価値を感じてもらえるか。
建築だけじゃなく、他の事業にも手を広げていく。
建築の枠を超えて、人の暮らしそのものを支える存在になる。
そうやって、複数の道をつくりながら、生き残っていく準備をしていくことも
必要ではないかなと。
■ 事前の一手は、未来を変える
「事前の一手は、事後の100手に勝る」という言葉があります。
大きな差は、小さな備えの積み重ねで生まれる。
その備えを、どこよりも早く打てるかどうか。
僕は、そんな経営をしていきたいと考えています。