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「売れる商品」はマーケットイン。僕の発信は独りよがりになってないか?
商品やサービスって、大きく分けると
2種類あるなと思っています。
ひとつは マーケットイン。
もうひとつは プロダクトアウト。
マーケットインとは?
世の中の課題や不満、困りごとを見つけて、
「それを解決するために作られた商品・サービス」のこと。
つまり、お客さんが求めているものから
スタートして作る考え方ですね。
一方でプロダクトアウトは、
「自分がいいと思うものを作る」
「これは絶対みんなも欲しいはずや」
という、作り手の想いからスタートして
生まれる商品・サービスです。
もちろん、どちらが良い悪いという話ではありません。
プロダクトアウトだからダメ、ということでもない。
ただ僕自身の思考の癖としては、どちらかというと…
プロダクトアウト寄りなんですよね。
「自分がいいと思うものは、きっとみんなも良いと思う」
こういう発想をしがちです。
でも最近、いろんな人と話していて気づいたんです。
これって場合によっては、
独りよがりになる危険性もあるなって。
そして、伸びる会社や伸びるお店、
売れる商品っていうのは、やっぱり間違いなく
マーケットインの要素が強いと感じています。
みんなが困っていることは何か
みんなが欲しいものは何か
それをどう解決できるか
ここから生まれた商品やサービスは強い。
これ、発信にも同じことが言える
ここでふと思ったんです。
今、僕はYouTubeを撮っています。
「これからお店をしたい人の役に立てたら」
と思って、発信しています。
登録者数も再生数も、少しずつ伸びてはいる。
でも正直なところ、まだまだもがいている段階です。
そこで思ったんですよね。
もしかしたらこれも、
僕の思考の癖である プロダクトアウトが
出てるんちゃうか?って。
つまり、「僕が発信したいこと」と
「みんなが知りたいこと」がズレてる可能性がある。
もちろん、誰にでも刺さる内容なんて作れないし、
ターゲットをブレさせるつもりもありません。
でも、
届け方
届ける内容
伝える順番
この辺りが、ちょっとズレてるのかもしれないなと感じています。
もし、この記事を読んでくださっている方の中で、
「今こんなことで悩んでる」
「こういう内容が知りたい」
「これが一番困る」
「こういう話をYouTubeで聞きたい」
そんなものがあれば、ぜひ教えてくださると
うれしいです。
それをもとに、
もっと求められている発信をしていきたいと思っています。
発信も商品も、結局は同じで
誰かの困りごとを解決できた時に
一番価値になる。
そこをもっと意識して、
発信も磨いていこうと思います。
ぜひ、コメントやメッセージで
教えていただけるとうれしいです。
お願いします。
「壁打ち」で思考が整う。人と話すだけで、事業は前に進む
やっぱり最近つくづく感じるんです。
人と話をすること
壁打ちをすること
これって、事業を前に進めるうえで
めちゃくちゃ大事やなと。
今日はそのことを、最近あった
出来事をもとに書いてみます。
5年ほど前に「奈良まち大学」という講座で、
ゲストスピーカーとしてお話をさせてもらったことがありました。
公民館主催の講座で、毎月2名くらいが登壇されていて、
その中で僕も呼んでいただいたんですね。
当時はたしか7〜8名くらいの方が参加されていたと思います。
そんな中、先日その参加者の方から突然連絡がありました。
「ブログやYouTube、拝見しています」
「ぜひ相談に乗ってほしいです」
そう言っていただけたのが素直に嬉しくて、
ぜひぜひ、ということで今日お会いしました。
その方の今の仕事は基本的にBtoB(法人向け)。
だからどうしても
「エンドユーザーの顔が見えにくい」
「やりがいを感じにくい時がある」
という話をされていました。
すごく分かります。
どれだけ価値がある仕事でも、
ありがとうの顔が見えないと苦しくなる時ってある。
そこでその方は、
人の顔が見える新しい事業(サービス)
を考えておられました。しかも驚いたのが、
もう結構しっかり骨格ができてたんです。
・誰に届けたいか
・どんな価値を提供したいか
・どんなサービス設計にするか
ある程度もうイメージされていて、
「この内容、どう思いますか?」
「率直にアドバイスがほしいです」
という形で相談に来られました。
で、ここからが今日一番感じたことなんですが、
話すことで、思考って整理されるんですよね。
これは相談に来た方だけじゃなく、
話を聞いている僕自身も同じでした。
その方から、
「何年くらい前から、お店づくりに舵を切ったんですか?」
「繁盛店の定義って何ですか?」
そんな問いを投げてもらったんです。
自分の中では答えを持っているつもりでも、
いざ聞かれると改めて
「なんでやったっけ?」
「自分は何を大事にしてるんやったっけ?」
って、思考がもう一回深くなるんですよね。
つまり、壁打ちって
相手のためだけじゃなくて、
自分のためにもなる。
これを改めて実感しました。
人って1人で考えてると、
・思考が凝り固まる
・同じところをぐるぐる回る
・視点が狭くなる
こういうことが起きやすいです。
でも他者の目線が入ると、
・自分では気づけなかった点に気づける
・考えが整理される
・深みが出る
・行動が具体化する
一気に前に進むんですよね。
帰り際にその方が
「また少しブラッシュアップしてきたら、
見てもらってもいいですか?」
と言ってくださって。
もし今日の時間が少しでも役に立てたなら、
ほんまによかったなと思いました。
結局、事業を進めるうえで大事なのって、
1人で抱え込まないこと
なんちゃうかなと思います。
悩みながらでもいい。
まだ形が固まってなくてもいい。
でも、誰かに話す
聞いてもらう
質問してもらう
これを繰り返すだけで、
事業のスピードって確実に上がっていきます。
もし今、「なんか動けない」
「頭の中がまとまらない」
「このままでいいんかな…」
そんなふうに感じている人がいたら、
まずはぜひ、誰かに話してみてください。
壁打ちって、
思ってる以上に力があります。
今日もまた、
「話すことの価値」を実感した1日でした。
点と点がつながる瞬間。「必死にやってきたこと」は、いつか必ずいきる
ほんまに、人生って「どこでどういきるか」わからんなぁ…
今日はそんな話を、自分の体験をもとに書いてみようと思います。
よく言われる言葉がありますよね。
「何が正しいかなんて分からん。
とにかく目の前のことに夢中になれ」
昔はそれを聞いても、
「まあ、そうなんやろなぁ」
くらいの感覚やったんですけど、
今ならはっきり分かります。
ほんまに、その通り。
今うちは、お店づくりをメインにしています。
でも、これって最初から
狙ってたわけじゃないんですよね。
ただ箱を作るだけじゃなくて、
「繁盛するお店になるために関われるところは
できる限りサポートしたい」
そう思っています。
その中には、設計や施工だけじゃなくて、
コンセプトを一緒に考える
っていう部分も含まれます。
でもこれも、最初からできたわけじゃない。
「なんで自分は、今こういうことが
できるようになってきたんやろう?」
そう考えてみたら、
必死にやってきたことが2つ思い当たりました。
① 経営者が集まる会で、7〜8年必死に活動していたこと
僕は33歳くらいから40歳くらいまでの間、
夜に経営者の集まりに参加して、ずっと活動していました。
家族との時間を犠牲にしてまで、とにかく必死で。
そこで何をしてたかというと、経営者同士で
・価値観
・目的
・想い
・言語化
・伝え方
・組織
・理念
そういうテーマを、散々語り合ってたんですよね。
当時は正直、
「これが何につながるか」なんて分からなかった。
② 選択理論心理士を目指して取り組んできたこと
もうひとつは、
僕が今取り組んでいる「選択理論心理学」です。
ロープレをしたり、研修に行ったり、
時間もお金も使ってきました。
これも最初は
「仕事に直結するかどうか」
なんて分からない世界でした。
でも今、お客さんとコンセプトを一緒に掘り下げるとき、
・どんな問いを投げたらいいか
・どう本音を引き出すか
・どう整理したら腹落ちするか
こういう場面で、確実に生きています。
ここで伝えたいことは2つあります。
① 最初から狙っていたわけではなかった
僕は最初から
「将来、お店づくりの仕事をやっていってコンセプト作りも
必要になるから経営者の会に行こう」
「将来、仕事で必要になるから選択理論心理士を目指そう」
なんて思ってなかった。
でも、いろんな経験が積み重なって、
ある日突然
「あれ?これ、今の仕事にめっちゃ活かせるやん」
ってなる瞬間が来た。
これが人生のおもしろさやなと思います。
② 仕事と関係ない投資が、結果的に一番効いてくる
経営者の会も、選択理論も、
当時は仕事と直結してなかった。
いわゆる
「緊急性はないけど、重要なこと」
だから、
・労働時間外
・休みの日
・家族との時間を削って
自分の時間を投資してたんです。
でもその投資が、
今めちゃくちゃ生きている。
だから今、強く思います。
学習って、やっぱり大事。
勉強って、未来の自分を助ける。
どこでどう生きるかなんて分からない。
だからこそ、
「目の前のことに必死になる」
それってほんまに正しい。
今こうやって振り返ると、
心からそう思えます。
もし今、
「これ意味あるんかな…」
「こんな勉強、仕事に関係あるんかな…」
と思っている人がいたら、
僕はこう言いたいです。
意味は、後からつながる。
点と点は、いつか必ず結びつく。
だからこそ、
今日も目の前のことに夢中でいいと思います。
「意味づけ」ひとつで、仕事は学びに変わる
目の前の仕事や出来事を、どう意味づけするか。
今日はそんな話をしてみたいなと思います。
僕はこの業界に入って、もう20年以上になります。
その中で、ひとつだけ本当に自信を持って
言えることがあるんです。
それは、仕事を「嫌やな」と
思ったことがないということ。
これは本当に恵まれているなと思います。
ただ、もしかすると僕の場合
「仕事そのものが楽しい」というよりも、
目の前の仕事に意味を見つけるのが得意なのかもしれません。
たとえば、僕たちは自社で解体工事をすることがあります。
解体って、普段の大工工事とは違って、
・筋肉を使う
・労力がかかる
・ホコリもすごい
・決してきれいな仕事じゃない
正直、しんどい部類に入ると思います。
でも僕は、解体工事をこう捉えています。
「解体は、つくった人の仕事を学べる場所」
つまり、生きた教科書なんです。
壁をめくった瞬間に見える、
「なるほど…こういう収まり方してたんや」
「このやり方、参考になるな」
「これは真似したらあかん。長持ちしない」
そういう発見がいっぱいある。
だから僕にとって解体工事は、
ただのしんどい作業じゃなくて、
学びの時間になるんですよね。
これがまさに「意味づけ」だと思っています。
もしこの意味づけがなかったら、
「労力いるし、めんどくさいし、ホコリまみれやし…」
ってなってしまう人も多いはず。
でも、そこに意味を見つけられた瞬間、
同じ作業でも価値が変わってくるんですよね。
もうひとつ例を出すと、会食や食事も同じです。
ただ楽しく食べて終わるのももちろんいい。でも、
「今日は人脈を作るため」
「この人の考え方を学ぶため」
「苦手な相手やけど、あえて質問して距離を縮めるため」
こんなふうに目的意識を持って参加すると、
同じ会食でも質が変わってくると思うんです。
逆に言えば、自分の中で
意味づけできないことは、しない方がいい。
意味がないままやる時間って、
ただの作業になってしまって、
終わったあとに何も残らない。
意味づけひとつで、
目の前の仕事も出来事も、面白くなる。
時間の価値って、実は出来事そのものじゃなくて、
その捉え方で決まるんやろうなと思っています。
もし今、気が乗らない仕事や出来事があるなら、
「これは何の学びになる?」と問い直してみる。
それだけで、ちょっとだけ
世界の見え方が変わるかもしれません。