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ケーキ屋「小さな菓子屋aya」開業ストーリー 第2話
「10年以上の修行を経て、いよいよ訪れた独立のタイミング」
10年以上働いた職場を離れる。
これまでの積み重ねがあるからこそ、辞める決断は簡単なものではありませんでした。けれども店舗移転の話をきっかけに、私はついに「自分のお店を持つ」という道を選びました。
実は、このタイミングに決断したのは、突然ではなく、ゆるやかに準備してきた流れもあったのです。独立を少しずつ意識しはじめたのは、仕事に慣れてきた数年前からでした。「もし今の職場を離れることがあったら、次は自分のお店をやってみたいな」と、漠然と思っていたのです。
ただ、その思いを実際の行動に移すのは簡単ではありませんでした。いざ独立となると、自分が抱える現実的な不安がいっきに押し寄せてきました。
「資金は本当に足りるのか」
「場所は見つかるのか」
「本当にお客様は来てくれるのか」
考えれば考えるほど、不安は尽きませんでした。
それでも、やはり支えてくれたのは家族と職場の理解ある上司でした。
夫は「お金のことは心配やけど、やってみたらええやん」と、背中を押してくれました。実際、住宅ローンもまだ残っているし、子どもたちの将来のことも考えれば、決して楽ではありません。それでも私が思い切って一歩を踏み出せたのは、家族のこの一言があったからだと思います。
上司は、長年一緒に働いてきた私の仕事ぶりを見てくれていました。
「あなたなら大丈夫やと思うよ。」
その言葉にどれほど勇気づけられたか分かりません。
私の性格として「新しい人間関係をゼロから築く」ということに、正直かなり苦手意識がありました。だからこそ「他の職場に転職」という選択肢は早い段階で消えていました。せっかくなら自分の裁量で、思い描くお店作りをしてみたい。自分が納得できる空間で、自分の作ったお菓子を提供したい。そう強く思うようになっていきました。
■ 少しずつ現実に近づいていく「準備」
ただ、思いを持っただけでは開業はできません。そこからは実務的な準備が始まりました。何もかもが手探りでした。開業資金はいくら必要なのか?家賃の相場は?厨房設備はいくらするの?……分からないことだらけです。
そこでまず私がしたのは、同じようにお店を持っている知り合いや先輩たちに片っ端から話を聞きに行くことでした。
「どのくらいの資金で始めたの?」
「厨房機器はどこで揃えたの?」
「内装工事ってどんなふうに進めるの?」
具体的なリアルな話を聞くことで、少しずつイメージが具体化していきました。
その一方で、物件探しも始めました。ネットでも探しましたし、不動産屋も回りました。候補物件もいくつか出てきました。そんな中で悩んだのが「増築」という選択肢でした。ハウスメーカーにも相談しましたが、見積もりを取ってみるとかなりの予算オーバー。設備の見積もりが乗っておらず、店舗仕様としては全く現実的な金額ではありませんでした。
「これはちょっと無理やな…」
現実の壁にぶつかりかけていた頃、ご縁があって今のノトスさんに出会いました。
■ 工務店との出会い
これが、大きな転機になりました。はじめて打ち合わせに行ったとき、予算感の話になりました。
「○○万円台ぐらいでなんとかなるんじゃないかな。」
その言葉に、私は希望の光が見えました。
もちろん工事内容次第で多少の増減はあるとわかっていましたが、「これなら現実的にできるかも」という感覚が初めて持てた瞬間でした。それまでは、夢はあっても現実が追いつかないという焦りばかりだったのです。
工務店の担当さんは、設備の手配や厨房機器の相談など、私が全くわからなかった部分も含めて一緒に整理してくれました。誰に相談したらいいかわからなかった水道や電気、消防の手続きもまるっと任せられる安心感は本当に大きかったです。
■ お金の準備
肝心の資金については、全て自己資金でまかなうと決めていました。独身時代から現金でもらっていたお給料をコツコツ貯め続け、さらに開業を意識してからは積立のペースを上げてきました。子育てをしながらも、主婦だから貯められないとは言い訳にしないと決めていました。
自己資金ですべて賄うため、金融機関からの融資も一切受けませんでした。だからこそ「予算内でおさめる」という意識が強く、内装も厨房設備も慎重に選びました。工務店さんにも正直に希望予算を伝え、その範囲内で一緒にプランを練ってもらいました。
■ 自分用の事業計画書
事業計画書も、誰かに提出するためではなく、あくまで「自分の頭を整理するため」に書きました。
・毎月の売上目標
・家賃や光熱費の支出
・材料費や仕入れの予算
・販促費や雑費の見積もり
これらを書き出すことで、漠然としていた「不安」が少しだけ「やるべき行動」に変わっていきました。
もちろん、その計画通りにいく保証はありません。でも、何も書かずに不安だけを抱えていても前に進めませんでした。書いてみると「何とかやっていけるかもしれない」と思えるようになったのです。
■ いよいよ背中を押された決断の日
そんな中で、勤めていた店から「5月で閉店します」と通告を受けました。
これが決定打になりました。
「もう決めなきゃ」
「やるなら今しかない」
後戻りはできない状況が、最後の一歩を踏み出す背中を押してくれました。
もちろん不安はありましたが、ここまで来たらもう進むしかありません。すでに物件も工務店も決まり、機材の手配も進みはじめていました。大きな歯車が動き出していました。
こうして私は、10年以上の経験を胸に、ついに「自分のお店を出す」という道へと歩み出したのです。
ケーキ屋「小さな菓子屋aya」開業ストーリー 第1話
「中学生のチーズケーキが生んだ、小さな夢の芽生え」
「お店を持ちたい」
今でこそ自分のお店を営んでいる私ですが、その想いの芽生えは驚くほど素朴なものでした。
まだ中学生の頃、バレンタインに友達へプレゼントするために作ったチーズケーキ。それがすべてのはじまりでした。市販のミキサーで材料を混ぜ、焼き上げたシンプルなチーズケーキでしたが、家族や友達が「美味しい!」「すごい!」と褒めてくれたのがとにかく嬉しくて。「あれ?私が作ったものでも人を喜ばせることができるんだ…」そう感じた瞬間だったと思います。
この時はまだ「お店をやりたい」という具体的なビジョンがあったわけではありません。ただ漠然と「何か作る仕事に携わりたい」「自分が作ったお菓子で人を笑顔にできたらいいな」と感じるようになりました。
その後、高校、専門、留学と進み、いよいよ就職活動の時期。迷わずお菓子に関わる仕事を探し、ケーキ屋さんへの就職を決めました。そこで働くうちに、作ることの楽しさや奥深さを学びました。実際、私は人と関わることが好きなんだなと、この時あらためて実感していきました。
正直、この頃も「いつか自分のお店をやりたい」と周りに宣言していたわけではありません。でも心のどこかでは、「こういう仕事を続けていけたら幸せだな」「いずれは自分の空間でお菓子を提供できたらいいな」という気持ちはずっとありました。
そして転機は、10年以上勤めた職場で訪れました。店舗が移転することになったのです。
この話を聞いたとき、私は思いました。
「ああ、今がそのタイミングなのかもしれない」
もちろん不安もありました。これまで築いてきた人間関係や安定した環境を離れることへの怖さ、経営の知識もない自分が本当にやっていけるのか。周りからは「転職したら?」「他の店に勤める道もあるよ」との声もありました。でも、私は新しい人間関係をゼロから作るのが得意ではなく、雇われの立場でまた一から始める気持ちにはどうしてもなれませんでした。
それなら、自分の店をやってみたい。
そう決意してからは、少しずつ現実的な準備に動き出しました。何より大きかったのは、家族の理解と支えでした。夫も「いいやん、やってみたら?」と背中を押してくれました。もちろん心配はあったはずです。資金面、場所探し、開業後の生活…。でも反対することなく、私の挑戦を応援してくれました。
職場の上司も、本当に温かい方でした。今でも思い出しますが、独立の相談をした時「これまで本当に頑張ってきたから、あなたならできるよ」と言ってくださったんです。これまで目の前の仕事を精一杯続けてきたことが、いつの間にか信頼に繋がっていたんだと感じました。
こうして、「自分のお店をやる」という決意が少しずつ固まっていきました。
とはいえ、いざ動き出してみると、想像以上にわからないことだらけでした。物件探し、厨房設備、開業手続き、予算の組み立て…。何から手をつけたら良いのかわからず、最初はとにかく経験者の声を聞きまくりました。同じようにお店を出していた先輩に資金の目安を聞いたり、設備をどう揃えたのかを教えてもらったり、ひたすら情報収集の日々でした。
そんな中で、資金面については「銀行に頼らず、今までの貯蓄で何とかする」と決めました。勤務時代から少しずつコツコツ貯めてきた現金。実はそれが、長年現金手渡しで給料をもらっていたこともあり、自然と貯まっていたのです。その存在が、自分を少し勇気づけてくれていました。
事業計画書も、自分の頭を整理するために作成しました。誰に見せるわけでもなく、自分のノートにまとめたものです。「売上はどのくらい必要なのか?」「必要な設備は何か?」「ランニングコストはどのくらいか?」。こうして書き出してみると、ぼんやりしていた不安も少し整理され、「やるべきこと」が可視化されていきました。
ただ、それでも不安は完全には消えませんでした。開業とは「自分が全て決めて、全て責任を取る」ということ。仕入れ先、メニュー、価格、営業日、休みの取り方――決断しなければならないことが山ほどありました。
それでも、不思議と「やめよう」とは思いませんでした。
ここまで来たらやるしかない。
そう思いながら、一歩一歩、準備を進めていったのです。
パン屋エメモア開業ストーリー|第5話
「また来たくなるパン屋には、人のあたたかさが詰まっていた」
オープンから3ヶ月が経った「エメモア」は、毎朝開店前からお客様が並ばれる「行列のできるパン屋さん」になっていた。
その理由は、ただ美味しいパンがあるからだけではない。
お客さまの心をつかむ仕掛けと、日々の姿勢が詰まっていた。
「まずは一回来てもらう。その次は、また来てもらえる理由をつくる」
真貴子さんがそう考えて、プレオープン時から実践していたのが「次回使える10%OFFチケット」の配布だった。
結果として、約8割の方が再来店してくれたという。
「チケットがきっかけだったとしても、また来たいと思ってもらえたことが嬉しかったですね」
そしてそれを支えたのは、パンの味だけではなく「このお店に来るとなんだか気持ちがいい」と思ってもらえる空気づくりだった。
子連れのお客さんには「こちらでパンをお取りしますね」と声をかけ、
ベビーカーの方にはドアを開けに出ていく。
焼きたての香りをなるべく感じてもらえるように、パンの並べ方や陳列位置も工夫する。
「私、パンは作れないんです。でも、どうすればこの空間が気持ちよくなるかは、いつも考えています」
売れて棚が空いてきたらパンを固めて並べ直し、ボリュームが感じられるように。
窓の指紋、テーブルの小さなごみ、店内の温度――すべてがお客さんの体験になるからこそ、細かいところにも気を配る。
「自分がお客さんだったらどう感じるかを、ずっと頭の中に置いています」
リピート率の高さには、商品構成も一役買っていた。
「毎回新しいパンを求めるお客さん」と
「毎回同じパンを買うお客さん」
その両方に対応するために、定番と季節限定のバランスを考えていた。
中でも話題になったのが「たけのこパン」
夫婦で山に入り自分たちで掘ってきた旬のたけのこを使って、3日間限定で販売。
その限定感とストーリー性が地域のお客さんの間で話題になり、3日間で約260人が来店。全て完売した。
「ここでしか買えないパンって、やっぱり手に取ってもらいやすい」
「でも、それって味だけじゃなくて、背景まで伝わることが大事だなって」
新作のアイデアはサウナや移動中に浮かぶこともあれば、料理本やお菓子作りからの着想もある。
自分たちの引き出しを少しずつ小出しにしながら、無理なく新しさを提供する。
「常に新しいことを考えるって、すごくエネルギーが要ること。でもお客さんの、こんなパン初めて!って顔が見られたら、それだけで報われるんです」
お客様のなかには、美容室やバッグ屋さん、薬局など、近所の方々も多い。
「エメモアさん、美味しいよ」
「このパン、ちょっとプレゼントにしようと思って」
そんなふうに、自分のお気に入りとして紹介してくれる人が地域のあちこちにいた。
「うちのパンが、誰かの手から手に渡って広がってるっていうのが、すごく嬉しいんです」
特別な広告を打たなくても、人の想いで広がっていくパン屋。
それは決して偶然ではなく、日々の積み重ねの結果だった。
このお店に込めた名前――「エメモア」。
フランス語の響きのようでもあるこの言葉には、実はとても個人的で心からの願いが込められている。
それは「私を愛する」という想い。
子育てに悩んだとき、心が折れそうになったとき、自分の価値がわからなくなったとき。
どこかでずっと自分自身に問いかけていた言葉だった。
「こんな私でも、誰かに愛されていいのかな」
「私がつくるものを、誰かが愛してくれるかな」
そんな想いを抱えていたからこそ、自分自身を、そして誰かを大切にできる場所をつくりたいと思った。
「私を愛して」――その願いが、「人を愛せる場所」に変わっていったとき、このお店が生まれた。
「エメモア」には、そんな等身大の祈りが込められている。
お店はまだスタートして数ヶ月。
けれどその土台には、管理栄養士としての経験、子育てに向き合った時間、たくさんのモヤモヤ、勇気を出して踏み出した一歩。すべてが詰まっている。
「失敗してもいい。でも、挑戦しなかったという後悔だけはしたくない」
その想いが、エメモアをここまで導いてきた。
最後に、これから起業を目指す人に向けて、真貴子さんはこう語る。
「不安はあります。お金のこと、生活のこと、子どものこと…全部不安です。けど、行動したら誰かが助けてくれるんですよね」
「商工会も、税理士さんも、公務店さんも、金融機関の担当さんも――自分で壁を作らなければちゃんと味方になってくれる人がいる」
「だから、自分一人で抱えずに頼っていいと思います。そして、自分のこうしたいを大事にしていいんです」
エメモアは、パン屋である以上に、「人の想いが交差する場所」だった。
これからも、きっと誰かの記憶に残る場所であり続けていく。
パン屋エメモア開業ストーリー|第4話
「夢がかたちになるとき、試される覚悟と想像力」
土曜塾の創業計画書も完成し、融資も無事に決まった。いよいよかたちになる段階まできた、真貴子さんとご主人が目指す「パン屋エメモア」の夢。
けれど、設備選び・開業準備……想像以上の現実が二人を待ち構えていた。
内装工事では、ノトスクリエイティブホームのチームが細かく寄り添ってくれた。
「この棚、どんな高さなら取りやすいですか?」「ここに手を伸ばす動作って、1日に何回くらいありますか?」
そんな風に、こちらの日常の動きに寄り添ってくれる提案に何度も救われた。
「素人の私たちが気づかない視点を、自然に織り交ぜてくれる。押しつけじゃない感じが本当にありがたかったです」
グイグイと決めつける業者さんではなく、真剣に私たちのやりたい店に向き合ってくれる人たちと出会えたことが、開業準備を安心して進められた大きな理由だった。
ご主人はパン職人としての経験があったが、いざ「自分たちの店」となると勝手が違う。
何を買うべきか。何が足りないか。何があとから必要になるのか。
すべてを想像で補いながら、設備や道具を一つずつそろえていった。
そんな中、最も苦労したのが「備品の見落とし」だった。
「天板が足りない。トングとトレーが少ない。冷却用のラックが間に合わない…」
オープン後に気づいた穴がたくさんあった。
「やってみなきゃわからないことばっかりで、毎日が気づきの連続でした」
しかも、予算にはある程度の限りがある。
冷蔵庫や発酵機などの大型機材は、中古も活用しながらコストを抑える工夫をした。
「見た目ではなく、機能と状態を重視。新品ではなくても、きちんと使用できれば良い」
自分たちの等身大のスタートを大切にした。
一方で、オープンに向けて気になっていたのが「集客」のこと。
「お客さん、ほんまに来てくれるかな…」
「オープン当日、誰も来なかったらどうしよう」
そんな不安もありながら、真貴子さんはあえて地元のグルメサイトからの取材依頼を一度断った。
「うちは来てくれると信じている。だから、まずは静かに始めたい」
でももちろん、たくさんの人に来てほしいという気持ちもあった。
迎えたプレオープンの日。
店先には、想像以上にたくさんの人が列を作っていた。
一番乗りのお客様は小学校時代の同級生。近くに住んでいて、オープンを楽しみにしてくれていたという。
「奈良に戻ってきてよかったなって本当に思いました」
「一人じゃないって改めて感じられた日でした」
お店の中はバタバタ。
パンは飛ぶように売れ、レジは大行列。
気づけば「小銭が足りない!」というハプニングまで発生。
そんなとき、駆けつけてくれた信用金庫の担当の方が近くまで両替に走ってくれたという。
「こんなにも自分たちのために動いてくれる人がいるなんて…」
「本当にありがたいと思ったし、応援してもらえていると実感しました」
グランドオープン後の3日間は、連日大盛況。
想像の倍以上の来客があり、仕込みが追いつかないほどだった。
でも2日目はあいにくの大雨。
一気に来客が減り、不安もよみがえる。
「調子に乗ったらダメだなと思いましたね」
「でも、これも全部現実。一喜一憂せずにやるしかないって」
開業前、想定していた来客数は「1日30〜60人」。
それが今では、平均して80〜100人。多い日にはそれ以上になる。
その理由は何か? と聞くと、真貴子さんは「SNSの力と地域のつながり」と答える。
Instagramを毎日更新し、ストーリーズで新作情報をこまめに発信。
土曜塾で学んだ継続力を活かして、3ヶ月以上コツコツと投稿を続けている。
「正直、SNSで一気に広がることもあれば、誰かの一言でじわっと広がることもある」
「でも、やっぱり届けようって思って発信することが大事なんですよね」
さらに、近隣のお店の方々が口コミで応援してくれたり、お花を贈ってくれたり。
地域の方々がうちのパン屋さんとして、すこしずつ存在を受け入れてくれていた。
「エメモアって、私を愛してという意味なんです」
「エメモアのパンを召し上がっていただくことでホッと一息ついてもらって、それがご自身を大切にするきっかけになれば嬉しいなと思っています」
オープンまでの道のりは楽ではなかった。
だけど一歩ずつ手を動かし、人とつながり、夢を現実に変えてきた。
次回、最終話では「リピート率8割」「お客さんを飽きさせない工夫」
そして選ばれ続けるお店づくりの秘訣に迫ります。