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えほん食堂カシュカシュ 第1話:寄り道だらけの人生、それでも──
ゴールに一直線に進む人もいれば、
私のように寄り道ばかりの人生を歩む人もいる。
大学を卒業後、なんとなく就職したのは化粧品メーカー。
3年が過ぎた頃、ふと立ち止まって考えた。
「このままでいいのかな?」と。
化粧品が大好きで選んだ仕事ではなかったから、心のどこかにずっと違和感があった。
そんなとき偶然知ったのが「料理研究家」という仕事。
お菓子作りはずっと趣味だと思っていたけれど、自宅で教える仕事があると知り、胸が高鳴った。
子どもの頃から料理番組を夢中で見て、レシピを書き写していた私。
得意科目は美術と家庭科。
「お菓子といえばフランスと神戸!」という単純な思いから神戸の大学に行きたくなり、絵を描ける学科に進んだこと──
好きなことに一直線だった自分が、いつの間にか迷子になっていたことに気づかされた瞬間だった。
「よし、この道に進もう」
そう決意し、私は会社を辞めて製菓の世界に飛び込んだ。
cafe&kitchen MANABI第5話: 「幸せやな」と思うとき
〜8年越しで叶った夢。そしてこれからの誰かへのエール〜
「今、幸せやなって思う瞬間は──
お店の前に行列ができたのを、窓越しに眺めたときですね」
桑名さんは、少し照れくさそうに笑いながら、そう話してくれました。
彼が自分の手で開いたカフェは、8年の歳月を経て、今では地域に愛されるお店に。
そしてついに、2時間待ちの行列ができるまでのお店になったのです。
「絶対、無理やで」って言われたこと
開業当初、何気なく口にした夢──
「行列のできるお店にしたい」
そのとき周囲から返ってきたのは、
「無理やって、そんなん」
「こんな場所やで」
「そんな人並んだりせえへんやろ」
確かに根拠はなかった。けれど、胸のどこかで、言ったからには叶えたいという思いがくすぶり続けていました。
そして8年後、実際にその夢は現実になります。
窓の外に並ぶ行列。2時間待ちのお客さん。
「無理やで」と言われた日から、ずっと静かに走り続けてきた結果でした。
「もう一回、最初からやれって言われたら──嫌やな(笑)」
今、売上は創業当初の5倍以上。
スタッフも入り、業務も分担され、毎日が以前よりスムーズに回っています。
けれど──
「8年前に戻って、もう一回ゼロからやれって言われたら…嫌ですね」
笑いながらも、その言葉にはリアルな重みがあります。
「だって、ほんまに大変でしたから。全部自分でやって、売上も全然上がらへんし、不安しかなくて」
その積み重ねがあったからこそ、今の自分がある。
でも、「楽じゃなかった」──それが正直な気持ちです。
「うまくいく人って、うまくいく選択をしてる」
では、どうすればうまくいく側に行けるのか。
「僕、思うんですよ。うまくいく人って、やっぱり普段からうまくいく選択をしてるんですよね」
逆に、うまくいかない人は、うまくいかない選択を繰り返してしまっている。
そして、失敗を恐れて動けない。動かない。
「僕は、とにかく動いてました。うまくいかないことも、いっぱいやりました。でも、それでいいと思ってたんですよ。やらん方が後悔するって、どこかで分かってたんで」
これから始めたい人へ、贈りたい言葉
「お金は残らないかもしれない。でも、満たされる──そういう毎日を手に入れたいなら、やってみたらいいと思います」
起業にはリスクもある。
働く時間も増えるし、保証もないし、不安定。
けれど、誰かに必要とされていると感じる瞬間、
自分の想いがカタチになる喜び、
この人生でよかったと思える夜が、確かにある。
「僕は、生まれ変わってもまた経営者したいです。これは間違いないです」
「MANABI」という名前に込めた想い
桑名さんの店名は、シンプルに「MANABI」。
「ずっと、学び続けていたいなっていう想いで名付けました。
実際に、今でも毎日“学び”やなって思います。人からも、お客さんからも、自分の失敗からも」
それは、決して完璧にならなくてもいいという許しでもあり、
どんな時でも、前を向ける自分を支える言葉でもあります。
最後に、自分へ声をかけるとしたら──
「8年前の自分に声をかけるとしたら?」
少し間を置いて、桑名さんは答えました。
「……また、やるやろな。しんどいけど。しんどいけど、やるやろな」
笑いながらも、目はまっすぐでした。
その言葉の裏にある、積み重ねてきた8年分の経験。
「楽じゃないけど、やる価値がある」
その一言が、このストーリーのすべてを物語っているのかもしれません。
そして、物語は次へつながる
「お店って、自分が満たされる場所やと思うんですよ。
だからこそ、これから始めたい人にも、そういう場所をつくってほしいんです」
そう語る彼は、今、これから起業する誰かを支える立場へと歩み出しています。
自分の背中を押してくれた人たちのように、今度は自分が誰かの背中を押す番です。
cafe&kitchen MANABI第4話: 改装で変わった世界。自信が空間に宿るまで
〜DIYで塗った壁と、「値段を上げる」という覚悟〜
「こんなに休んだの、初めてでした。1週間くらいだったんですけど、めちゃくちゃそわそわしてましたね」
それは、お店を初めて本格的に改装したときのこと。
開業から約3年が経ち、ようやく「お店を変えよう」という気持ちになった桑名さんは、大きな決断をします。
「この空間でお金を取るのが、申し訳なかった」
開業当初は、内装に強いこだわりがあったわけではなかったといいます。
「一緒に働くスタッフがこの色可愛いから塗ろうよって、最初はDIYで始まったんです。僕は正直、まあ別にいいけど…って感じだったんですよ」
でも、少しずつ気持ちに変化が生まれていきました。
「お店を出して2〜3年経ってくると、他のカフェとかを見るようになるんですよね。食べ歩いたり、内装を見たりして、うち…ちょっとダサいかもって(笑)」
それは、自分自身への違和感だったのかもしれません。
この空間で料理を出してる自分に、納得してない”
こんな状態で、お金をいただくのが申し訳ない”
その違和感が、次のアクションを生みました。
改装は「ブランディングの第一歩」だった
改装の狙いは、単に見た目を整えることではありませんでした。
それは、お店の価値を自分が信じられるようにすることだったのです。
「改装してから、ようやく“この価格でも大丈夫”って思えるようになったんです。前はなんとなく、申し訳ない気持ちがあって」
空間が変わったことで、接客も、料理の盛り付けも、少しずつ丁寧になった気がしたといいます。
「人って、場所に影響されるんやなって実感しました」
客層も変わってきた。価格も、少しずつ上げた
「改装してから、ちょっとずつ若い人も来るようになったんですよ」
それまではご近所のご年配の方が中心だったお店に、
Instagramを見てやってくる20代〜30代のお客さんも増えてきました。
それに合わせて、価格も少しずつ見直していきました。
「最初は1000円以下のランチが中心で、原価率も高くて、ほんまにしんどかったんですけど、今は1400円とか1500円くらいになってます」
もちろん、価格を上げることには勇気がいります。
けれど、それはお店に自信が生まれたからこそ、できたことでした。
「納得できてるか」が、すべての判断軸に
「料理のクオリティも、接客も、空間も。全部、自分が納得できてるかどうかで決めていくようになったんですよね」
お客さんの声はもちろん大切。けれど、他人の顔色だけを見ていたら、ブレてしまう。
自分が納得できる仕事ができているかどうか
それが、桑名さんの物差しになっていきました。
そして、もう一つの大きな決断
このタイミングで、桑名さんはスタッフの採用という新たなチャレンジも始めます。
「税理士さんには“まだ早い”って言われたんですよ。でも、これチャンスやなと思って、“今や”って決めました」
スタッフが入ることで、厨房のスピードが上がり、回転数がアップ。
少しずつ、「お店としての地力」が上がっていったのです。
cafe&kitchen MANABI第3話: 30人来たオープン初日。でも現実は甘くなかった
「初日、30人ぐらい来てくれたんですよ。もう嬉しくて、ぐちゃぐちゃでしたけどね(笑)」
開業当日。
お店には知人や通りすがりのお客さんが立ち寄り、店内は一気に満席。
厨房もホールも、てんやわんや。それでも、「自分の店」がついにスタートしたことに、桑名さんは胸を躍らせていました。
けれどその数日後、彼は現実の重みに直面します。
「これ…ほんまにやっていけるんかな」
初日の満席はまるで夢のようでした。
しかし、それが続くことはありませんでした。
「2日目、3日目と、どんどんお客さんが減っていったんです」
待ち望んだ“マイショップ”。けれど、
来ない、入らない、売れない。
「月の売上が80万円ぐらい。定休日も決めずに全部営業して、それで80。これ、いけるんか?って」
開業前に立てていた事業計画では、月90〜100万円の売上で“とんとん”。
それより10〜20万円下回っている現実に、次第に不安が募っていきました。
「量を増やせば、来てくれるんちゃうか」
そんな中、ふとしたアイデアが浮かびました。
「デカ盛りって、インパクトあるし、喜ばれるんちゃうかって思ったんですよ。しかも、自信がなかったから、量で勝負しようって」
そこで始めたのが、チキン南蛮のボリュームアップ。
そして、名物となる巨大エビフライ。
「魚屋さんに、とにかく一番でかいやつくださいって言いました(笑)」
それが功を奏し、次第に口コミが広がっていきました。
「○○系列店でしょ?って言われ続けた日々」
実は当初のメニューや盛り付けは、以前勤めていた店にそっくりだったそうです。
「8年いたから、体に染みついてるんですよね。だから、あれ、系列店?ってめっちゃ言われました」
それが、悔しくもあり、ありがたくもあり。
「一応メリットもあるし、名前出した方が集客できるかなって思ったけど、やっぱり自分の店として認められたい気持ちもあって。ずっとその間で揺れてました」
少しずつ、自分のスタイルを模索し始めていた時期でした。
3年目、覚悟の改装へ
やがて、内装にも目が向くようになったといいます。
「一緒に働くスタッフがこの壁、塗った方が可愛いよって言い出して。最初は僕、あんまり内装に興味なかったんですけど、気づいたら確かにダサいな…って(笑)」
それを機に、空間づくりにも意識が向きはじめます。
「この空間で料理出してる自分、納得してないなって思って。そしたらやっぱり、値段もちゃんと取れないんですよね」
納得した空間で、納得した料理を出す。
それが、彼にとって大きな転機となったのです。
少しずつ、手応えが返ってきた
「最初はおばあちゃんばっかりでした。けど、改装して、メニューもちょっとずつ変えていったら、若いお客さんも来るようになって」
その後、行列ができる店へと少しずつ変化していきます。
でも、最初から順調だったわけじゃない。
むしろ、何度もこれでいいのかを問い続けた日々だったのです。