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パン屋エメモア開業ストーリー|第1話 

「夢の種は、小さな違和感から芽を出した」 

奈良市出身の岩瀬 真貴子さん。 
現在34歳。奈良ののどかなまちで、ご主人とともにパン屋 

「Boulangerie Aime moi(エメモア)」を営んでいる。 

お店を訪れる人は口を揃えて言う。 
「ここのパンはやさしい味がする」 

「また来たくなる」 
そしてほとんどの人がリピーターになっていく。 

そんな繁盛店は、ごく普通のひとりの女性が感じた 

小さな違和感から始まった。 

  •  

真貴子さんは大学卒業後、管理栄養士の国家資格を取得した。 
食べることと人の健康を支えることに興味があり「子どもが好き」という理由から、卒業後は保育園の栄養士として就職。 

だが現実は想像以上に厳しかった。 
3人で120食分の給食を作る職場。慌ただしい厨房。ルーティンに追われる毎日。 

「子どもが好きで選んだ道だったのに、気づけば自分の時間も心の余裕もなくなっていて…」 

そんな日々を過ごすなかで、ふと頭に浮かんだのは、学生時代に抱いたある想いだった。 

「いつか、カフェを開いてみたい」 

もともとカフェ巡りが好きで、週末には大阪中のカフェを巡っては、 

空間や器、盛り付けを楽しんでいた。 
21歳の頃には「将来自分のカフェをやりたい」と夢見るようになっていたけれど、仕事を始めてからはすっかり忘れていた。 

ただ、その夢は心の奥で静かにくすぶり続けていたのだ。 

  •  

ある日、思い切って職場を退職。 
次に選んだのは大阪の健康志向のカフェだった。 

そこはいわゆる普通の飲食店ではなかった。 
「独立を応援する」という方針を掲げており、働きながら料理・接客・経営のすべてを学べる場所だった。 

「子ども向けの給食は作れても一般の大人が喜ぶ料理には自信がなかったので、いちから教えてもらいたかったんです」 

転職後わずか1ヶ月。仕込み担当のスタッフが突然辞めてしまうという出来事が起きた。 
代わりが見つかるまでの間、彼女が一人でその役を担うことになった。 

平日は60食、土日は120食。 
仕込み、調理、段取り、味付け、時間管理――すべてが試練だったが、気づけば自分の力が確かに積み重なっていく感覚があった。 

「やればできるんだ」 
「少しずつ夢に近づいている」 

そして何より、ここで働く社員の多くが実際に独立していく姿を見ていた。 
わずか10ヶ月の間に、イタリアン、居酒屋、スイーツカフェ…と、5人以上がそれぞれの夢を叶えて羽ばたいていった。 

「いつかやりたいじゃなくて、やろうと思えばできるのかもしれない」 

それは、彼女の心に芽生えた小さな夢の種に、初めて水が注がれた瞬間だった。 

  •  

しかし、そんな前向きな日々にある出来事が影を落とす。 

常連のお客様のひとりに、拒食症と思われる女性がいた。 
ある日、その方がメニューを上から下まで、前菜もメインもデザートもすべて注文し、すべて完食された。 

お店側としては「たくさん食べてくれて嬉しい」と思うべきことだったのかもしれない。 
けれど、管理栄養士としての視点を持つ真貴子さんにとっては、複雑な気持ちが残った。 

「この人、本当に大丈夫かな…」 
「もし自分がお店を開いたときに、こういうお客さんが来たらどう接すればいいんだろう?」 

食は人を幸せにする。 
でも、間違ったかたちで関われば体を傷つけることもある。 

「私、本当にちゃんと食のこと分かっているんだろうか?」 

この体験をきっかけに彼女はもう一度食と健康に正面から向き合うため、大学病院に勤務し、栄養指導を学び直す決断をする。 

  •  

病院では3,000人以上の患者さんと出会った。 
食生活を変えようと一生懸命努力する人もいれば、「薬を飲んでいたらいいわ」と諦める人もいた。 

「健康を伝えるってきれいごとだけじゃ通用しない」 
「その人の生活や人生に寄り添ってこそ本当の意味がある」 

そんな現実に触れ、彼女の考え方は少しずつ変わっていった。 

健康だけを追い求めるのもどこかで疲れる 
美味しさだけを追い求めても誰かの体を壊すかもしれない 

この両方のバランスのなかで「自分にしかできない食のかたち」を模索し続けた。 

  •  

その後結婚し、夫の転勤で磐田・名古屋へ。 
子育てや家族との暮らしが日々の中心となり、カフェの夢は再び遠のいたように思えた。 

でも心の奥底ではいつも、やっぱりいつか自分のお店を持ちたいという思いが消えていなかった。 

そして―― 
このあと、まさに「人生の転機」が思わぬかたちで訪れることになる。 

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