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順位のないプレゼンに、本気で向き合う理由
いよいよ明日、DXの伴走支援プログラムの
最終日を迎えます。
各社8分間のプレゼン発表があり、半年間
取り組んできた内容を発表する時間です。
今回の発表、
僕自身が前に立つのではなく、
社員さんにお願いすることにしました。
順位がつくわけでもなく、
誰かに評価されるわけでもなく、ただ
「この半年間、何を考え、何に向き合ってきたのか」
を共有するだけの場。
だからこそ、この8分間を
どう使うかは、本当に自由なんですよね。
でも、社員さんと話していて出てきたのは、
「せっかくなら、本気でやろう」
という言葉でした。
適当にやることもできる。
力を抜いてまとめることもできる。
でも、あえて真剣に向き合う。
その姿勢そのものが、会社の空気や
大切にしていることを表す気がします。
今回、社員さんが発表するということで、
僕自身もいつも以上に一緒に考え、
向き合ってきた感覚があります。
それと同時に、
ふと自分のことも振り返りました。
毎月1回、勉強会を開催していて、
最初の頃は本当に必死に準備して、
何度も話す練習をして、
どう伝えたらいいか真剣に考えていました。
でも最近、少し「慣れてきている自分」
がいることにも気づきました。
初心忘るべからず。
慣れたからこそ、
一つ一つを丁寧に扱う姿勢が大事なんやなと、
今回のプレゼン準備を通して改めて感じています。
明日の発表が、
「へぇ、そんな取り組みしてたんや」
「それなら、うちもやってみようかな」
そんなふうに、誰かの一歩に
つながったら嬉しいなと思います。
僕は一歩引いたところから、
ドキドキしながら、社員さんの
発表を見届ける役に徹します。
細部にこそ、神は宿る。
この言葉を噛みしめながら、
明日を迎えたいと思います。
また、どんな一日やったかは、
改めてここで報告しますね。
1カ月毎日ブログを書いて、正直に思ったこと
ここ3日間、ほぼ徹夜が続いていて、
さすがにちょっとへとへとです。
正直、体はなかなか正直ですね。
それでも、この3日間も
「毎日ブログを書く」
という約束だけは、なんとか守ることができました。
毎日ブログを書くと決めて、約1カ月。
今日は、やってみて感じたことを少し
書いてみようと思います。
まず率直に思うのは、
「1カ月できたなら、1年もいけるな」
という感覚です。
人間って本当におもしろくて、
「やる」と決めた瞬間から、アンテナの
向きが変わるんですよね。
日常の中で、
これはブログのネタになるな
この話、あとで書けそうやな
そんなふうに、自然と探しにいく
癖がついてきました。
毎日発信していると、
自分の中にどんどん引き出しが
増えていく感覚があります。
誰かと話しているときに、
「あ、これ前に書いたあの話が使えるな」
って、自然に出てくる。
しかも一度、自分の言葉でまとめて
発信しているので、頭の中では、整理された状態で
引き出しに入っている感じがするんです。
だから、人に伝えるときも、
以前より少し落ち着いて、順序立てて
話せている気がします。
これって、じわじわ効いてくるやつやな、と。
意外だったのは、思っていたより
「負担に感じていない」ことです。
もっとしんどくなるかな
途中で苦しくなるかな
と思っていたんですが、今のところは
そこまででもない。
もしこれが、
「めちゃくちゃ難しい」
「絶対無理ちゃうか」
と思うような挑戦やったら、
毎日「できた」という感覚が、
かなり大きな自信につながると思います。
小さな成功体験を、毎日積み上げていく感じですね。
今回は、
自分を追い込むための習慣形成
というより、
考えを整理するため
言葉にする力をつけるため
という目的が大きかったので、
このペース感でちょうどいいのかな
とも思っています。
ただ、もし次に自分にもっと負荷をかけるなら、
「毎日YouTubeを撮る」
これは相当レベル高いなと思います。
いずれそこも見据えながら、
今の発信を土台にしていきたいな
という気持ちです。
とりあえず、今日は少し寝ます。
また明日も、淡々と続けていきます。
隠したい自分と、正直でいたい自分
今日は一日、現場で作業をしていました。
工事自体は順調で、そろそろ終わりかけ、
というタイミングでのこと。
立てかけてあった脚立を、うっかり倒してしまい、
玄関の扉に傷をつけてしまいました。
その瞬間、正直なところ、心の中がザワっとしました。
こんな時って、人間性を試されるなぁと感じます。
「これ、言わんでも分からへんのちゃうかな」
「知らんぷりできないかな・・」
そんな声が、頭の中にふっと浮かぶんです・・・
一方で、もう一人の自分がいます。
「いや、それはあかんやろ」
「ちゃんと正直に言うべきや」
「こういうことって、どこかで必ず
自分に返ってくる」
自分の中で、二人の自分がせめぎ合っている感じです。
もちろん、傷をつけてしまったこと自体は、
本当に申し訳ないことやし、
お客さんに対して、申し訳ない気持ちで
いっぱいです。
それは大前提として。
結果的には、ちゃんとお客さんに状況を
お伝えして、謝罪しました。
正直、伝えるまでめちゃくちゃドキドキしました。
でも、伝えたあと、心がすっと軽くなったんです。
もしあのとき、隠すという選択をしていたら、
その後ずっと、どこか心に引っかかりが
残っていたと思います。
正直に伝えるって、当たり前のことやけど、
やっぱり心がすっきりします。
まだまだ自分は小さいなぁ、とも思います。
こんな場面で、すぐに迷いが出てくるんですから。
でも同時に、
こういう時にちゃんと正しい方を選べた自分で
よかったな、とも思いました。
いつか、
「隠したい自分」
が出てこなくなるくらい、
当たり前に正直でいられる人間に
なりたいなと思います。
今日の現場での、ちょっとした出来事からの
学びでした。
「丁寧ですね」と言われる人の考え方
今日、スタッフとの何気ない会話の中で
こんな話になりました。
「あの人って、すごく丁寧よね」
「説明もめっちゃ丁寧やと思う」
そんなふうに言われる人って
やっぱりいいよね、という話です。
仕事をしていく中で
「丁寧な人」
「説明がわかりやすい人」
そう言われるに越したことはないし、
そういう人って、きっと仕事以外の場面でも
人から求められる存在やろうなと思います。
じゃあ、その「丁寧さ」って
いったいどこで感じるんやろう?
という話になりました。
その場ではすぐに言語化できなかったんですが、
いろいろ考えているうちに、
ひとつの例が浮かびました。
自分がお客さんとしてパソコンを
買いに行ったとします。
パソコンって
価格も性能も種類もバラバラで
CPUだの、容量だの、処理速度だの
横文字だらけですよね。
もし店員さんが
専門用語をずらっと並べて
「これは〇〇で、△△で…」
と説明してくれたとしても、
こっちが理解できなかったら
それって本当に「丁寧」と言えるんかな?
と感じたんです。
逆に
「このパソコンは、こういう使い方の人に
向いてます」
「難しいことは考えなくて大丈夫ですよ」
「これができたら十分ですよ」
そんなふうに
相手が理解できる言葉に置き換えて
噛み砕いて説明してくれる人。
たぶん、僕たちが「丁寧やな」と感じるのは
そういう人なんやと思います。
つまり丁寧さの正体って、相手目線
なんじゃないかな、という結論に
落ち着きました。
僕たちも建築の仕事をしていると
自分たちにとっては当たり前の言葉や感覚が
どうしても多くなります。
でも、その「当たり前」は
お客さんにとっても当たり前なんやろうか?
ちゃんと伝わる言葉になっているやろうか?
ここを一度立ち止まって考えることが
丁寧さにつながるんやと思います。
専門性が高くなればなるほど
簡単に伝えるのは、実はすごく難しい。
でも
どうやったら相手に伝わるか
どうやったら安心してもらえるか
そこまで考えることが
「丁寧な人」と言われる一歩
なんやろうなと感じました。
今日は、そんな「丁寧さ」について
改めて考えさせられた一日でした。